クマ!腰が抜けた顛末

何の変哲もない平瀬で14番のEHCに飛び出したのは22センチの綺麗なヤマメでした。上流の沢筋を釣り上った午前はパッとしない展開に終始したんだけど、場所を中流域に移動した午後は幸先の良いスタートです。

ティペットをフロロに変えてみたのが良かったのか、ここ何日も人が入っていない場所に恵まれたのか…。すぐ上でも、フライにヤマメが一発で飛び付いてきました。時合ってやつでしょうか? ──9月2日の土曜日、久しぶりにメンバー4人揃って鹿留川に出かけた時のことです。

午後の部はスタート早々に連発して幸先良いスタートだったのですが…

右岸(上流に向かって左側)にフラットな流れがあり反対側に開けたスペースがある渓相がだんだん狭まって行くこのエリア。すぐ先に、木の枝が張り出して日陰を作っている所があってその直下がまたいい感じです。ラインをすこし長めに出して慎重にキャストすると…2投目で思惑通りに飛沫が上りました。フィッシュオン!

抵抗するヤマメをいなしてネットで掬おうとしたその時、やや上流で何やら動いている物体が視界に入りました。不穏に感じてよく見ると…身の毛がよだちました。真っ黒なツキノワグマが体を揺らしながらノッシノッシと近づいてくるじゃないですか。見るからに大きな成獣です。こちらとの間隔は50メートルもない?

このまま距離を縮められたらマズイな…と冷静に考える余裕もなく、私はただ後ずさりするのみ。腰の左右で揺れるクマ鈴の音に気がついてくれたのか、それとも当初からこちらの存在が分かっていたのかは定かじゃないですが、こちらに近づきつつも向きを90度変えて川を横切り、私を一瞥しながら左岸の山にゆっくりと登っていきました。最後の最後は20メートルを切ったようにも思います。

さらに後退を続け、やがて開けたチャラ瀬エリアに到達したのを機に踵を返してダッシュ。無事に入渓点まで戻り、ひとまず胸を撫で下ろしました。フッキングしたままだったヤマメを速やかにリリースして、林道に上がると、まさに腰が砕けるように全身から力が抜けるのが分かりました。午後2時の出来事です。

入渓点でノコギリクワガタが威嚇していたのは“虫の知らせ”だったのでしょうか

しばし、立ち上がることすらもできませんでした。何とか正気を取り戻せたので、まず、私より下流に入った3人を探し、それぞれに事の顛末を伝えました。皆と落ち合った一帯は、すぐ横に林道が沿っているし、人や車両の出入りがある工事現場からもさほど離れていないことから、“さすがにここなら大丈夫でしょ?”と思えるエリア。午後の残りの時間は、遠く散り散りにならずに安全重視で竿を出すという消極的な釣りとなりました。

クマに鉢合わせた場所について記しておきましょう。池ノ平の虹の木橋をやり過ごしてしばし行くと右手に堰堤があります(二段堰堤とも呼ばれており、脇には退渓するためのロープが結ばれています)。私が入渓したのはその堰堤のすぐ上。陽当りのよいフラットな流れがあり、どん詰まりでは、「く」の字を左右逆にしたように斜め左方向に川筋が曲がっています。その先をやや進んだところが遭遇地点。やはり右岸が瀬続きとなっており、件のクマはその上流から川沿いを下ってきました。

大きなクマに出くわしたのは◯印のあたりです

土地勘のある方なら分かると思いますが、決して険しい渓相ではなく、釣り人もよく入るエリアです。しばし進んだ先には、尺超えも上がると噂される連続した釜があって、特にエサ釣り師やルアーマンにとっては魅力的なポイント。そこに直接アクセスして狙う人もいるけれど、ウォーミングアップをかねて前述の入渓点から数百メートルを釣り上がっていく人も多いようです。要は、普段から人通りがあり、私も先行者がいない限りはよく足を運ぶ場所なのです。

この流れの奥を左に曲がったちょっと先、やや暗い渓にさしかかる場所で遭遇しました

これまでも地元の釣り師からクマ出没の情報を耳にしたことがありましたが、いずれも沢筋の奥での話ばかり。何度も通い詰めた、ごくごく身近な場所で遭遇するなんて考えてもみませんでした。思えば、シカはたびたび見かけていたので、もしかしたら、ここは山々をまたぐ獣道、しかも“幹線道路”の一部になっているのかもしれません。

人づてで聞くだけではピンとこなかったのだけど、いよいよ自分が鉢合わせして、時には命にかかわることもあるクマ被害がすぐそこにあるリスクだと再認識しました。そしてまた、いざという時に人は何もできないってことも痛感しました。少なくとも私は、その場で声を上げることもできなかったし、すぐ手が伸びるところにあったホイッスルを吹くこともできませんでした。ましてや写真で記録を残すなんて問題外です。

これからも釣りを楽しもうと思う以上、いつ“2度目”があってもおかしくありません。向こうもあえて人間に近づきたくはないでしょうから、常にこちらの存在をアピールする工夫と努力を惜しまないこと。万一に備えて撃退スプレーを携行し、最悪の展開の時に最低限のアクションを起こせるように鍛錬しておくこと。そんな緊張感を持って川に出かけなければと思い知らされた一日でした。

ちなみにこの日、携帯電波が通じるエリアまで山を下りた際、知り合いの漁協の方に連絡を取り、警察をはじめ、関係各所に通報してもらったことを付け加えておきます。

楽しい釣りも身の安全があってこそと痛感しました

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