街中にはクリスマスソングが流れ、何となく気ぜわしいシーズンがやってきました。東京近郊でも朝晩の冷え込みが感じられるようになり、野暮用を押しのけてでも管理釣り場や冬期C&R区間に出向こうとの思考回路がなかなか働きません。
それでも頭のどこかには釣りへの愛着心がへばりついていて、何かしら渓流にかかわる書物を読みたいとの欲求に駆られます。読書の秋と言うにはもう時節が押しているのですが、活字への飢えをちょっと感じたこともあって先週末に本屋巡り。そこで手にしたのが山本素石 著「釣りと風土」(つり人社)です。
氏の綴ったエッセイをまとめた復刻版としてつり人社から今春に刊行された単行本。シリーズ第1巻の「画文集 釣山河」をすでに読んでいたこともあって、もう1冊にも手が出たというわけ。仕事の行き帰りの電車の中、ぱらぱらとページを繰っているうちに周囲の雑踏から遊離し、心だけは深山幽谷へといざなわれることになります。
昭和の経済成長の頃。山村や自然が闇雲なダム建設で崩壊していく現実に抗うハードな論調もあれば、かつての山暮らしの風情を言葉巧みに描いたソフトな文体もあって、そのメリハリが著者の人間味を際立たせている印象を残します。近畿地方をメインに概ね西日本が話の中心。自分の貧弱な土地勘を補うために、地形図を片手に読み進めてみると、対象エリアをより身近に感じることができました。
山深い日本の原風景になぜこうも惹かれるのだろう…と考えてみたら、母方の実家のことを思い出しました。国鉄時代の北海道にあった富内線。内陸へ向かった終着駅に程近い集落の沢筋に、ポツンとその家はありました。裏山から流れるせせらぎを生活水にするなど、大自然密着型の暮らしぶりで、ド田舎育ちの私でさえも当時、「今どき、こんな佇まいがあるんだ」と思った記憶があります。
小学校の夏休みなどに泊まりがけで遊びにいくと、外に五右衛門風呂があったり、見慣れぬ手作りの農耕具があったりと、何を見ても目新しい。近くの川にはドジョウやカジカがたくさん泳いでいる。夜になると風と動物の鳴き声しか聞こえず、今にも妖怪が出てきそうな雰囲気になかなか寝付けなかったんだよなぁ。
素石氏の随想の中に描かれている家屋や人々に思いを巡らせると、子供時代の自分が祖母の家で見聞きしたシーンがいつも重なってしまって、どこか郷愁めいた切なさがこみ上げてくるのです。